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独り言の効用 1-1

 1-1. 独り言という謎解きゲーム

 独り言って何なのでしょうか。人以外のほかの動物や植物も外界と様々な形でコミュニケーションを取っていますが、動物たちも独り言を発しているのでしょうか。それとも人間特有のものなのでしょうか。いずれにしても話す行為を一人で利用する独り言は不思議な活動だと思います。

しかも、その独り言活動は無意識のようにやってきます。そうなると、もう独り言は人にとってほぼ生理現象のようなものだと感じますが、引きこもりライフのもう一つの柱である一人で悩んだり考えたりすることと独り言とでは、どこがどう違うのでしょうか。対自分、対他者、対自然、対社会、対神などというように一人で悩んだり考えたりする活動と独り言とで、誰、または何に対して想像上の会話を向けているかについてはそう違いがないように感じます。

 実際、架空、または実在の他者を頭の中で浮かべながら一人部屋で悩み考えるのと、独り言を発するのは似たような行為のように思います。そこの厳密な線引きはできないのでしょうが、引きこもりライフでは人と話す行為が決定的に不足してしまいますので、独り言を悩み考える活動ではなくて、あくまでも話す行為の一形態と見なしてしまいます。人と実際に会話しているのと同じような効果を独り言で得られないものかと探ってみます。 

 生き物として日々、生きていくためにはインプットとアウトプットが欠かせませんが、引きこもっていると話す行為に関するそれらが足りなくなります。誰かの話しを聞くことも誰かに話しを聞いてもらうこともなくなってしまいます。食べるものがあって寝るところがあっても、話す活動が無いのは生物として危機的な状態ではないかと思います。

 その危険な状況を体と心が感知して、独り言が訪れるのかもしれません。独り言というと、ネガティブな負のイメージがありますが、心身のSOSを察してどこからともなく現れ出てくる助け舟かもしれません。溺れかけていたところに現われた舟ですから、どんなにボロボロでカッコ悪く見えても必死になってしがみついてみます。

 そこまでしたくないと感じるかもしれませんが、それで引きこもりライフで欠けている話す行為、しかもそれは生き物として不可欠なものが手に入るかもしれないのですから、やらない手はありません。それに、放っておいても次から次へと断っても断っても向こうから独り言という名の助け舟がやってきますので、それで苦しめられるぐらいなら有効利用したほうがマシなはずです。

 ということで、まずは普段の独り言の量と質をチェックすることから始めてみます。大抵、いつも無意識的に独り言を発してしまっていますが、そこに意図的に意識を向けてみます。現状を知らないと対策も立てられないですから、毎日、独り言の量と質を確認してみます。心の中だけでつぶやくものも、声に出してしまうものも、すべて一人で話す行為を利用するものは独り言と見なしていまいます。今の引きこもりライフで一日どれぐらいどんな独り言を発しているでしょうか。

 部屋でネットを見たり、ゲームをしたり、食事をしたりしている時はその活動に意識が向いていますので、深刻な独り言は訪れないだろうと思います。そうではなくて、特に何もしていない隙に厄介な独り言が多く出現してくるはずです。だから、もし仮に独り言の回数を減らそうと思うのなら、今の日常で何もしていない空白の時間を何かの活動で埋めてしまえば済んでしまう話しかもしれません。でも、すべての独り言を潰してしまっては引きこもりライフに訪れたせっかくの貴重な話す機会自体を失ってしまいますので、独り言ゼロ生活は目指しません。現在の独り言の量に関して少なすぎないのであれば、気にする必要はありません。もしも仮に少ないと感じるのなら、何の活動もしていない時間を増やせばよいだけです。

 独り言の量と質を吟味していきますが、まず独り言は生ものみたいにすぐにダメになって忘れ去ってしまいがちですので、しっかりとノートなどに書き残していきます。多くの場合、無意識的な独り言は否定的なものになりがちで、その沈みがちな独り言の内容をチェックするのは気が滅入る作業かもしれませんが、そのまま放置しておいても改善されるわけでもなくいつまでも自分で自分を痛め続ける行為の足しにしかなりません。ここでは、独り言を話す行為の一形態とすることを目指していますから、そのために不可欠なデータ採集だと思って試してみます。

 といっても独り言日誌をつけることは辛くて苦しい作業ではなくて、自分の無意識に介入しているような不思議な感覚を味わえるはずです。ほぼ意識することなく日々、独り言を発していますが、その内容をメモして読み返してみると自分が発したはずの言葉なのに妙な感じがしてきます。

 ひょっとすると、独り言を好き勝手に発して、それをメモに取るだけでも楽しい活動になりえるかもしれません。誰に、または何に向けて、どんな口調でどんなことを自分は独り言でつぶやいているのかを知っていくのは、もうそれだけで興味深い営みになりえると思います。

 そして、独り言の内容をただ書き記していくだけでなく、さらに独り言日誌を楽しく面白いものにすべく自分の独り言の5W1Hの傾向を分析してみます。5W1Hですから、いつ、どこで、誰に、何を、なぜ、どのように、という6点とそれらすべてを総合した視点の合計7点から自分の独り言を見てみます。

 When、゛いつ゛という時間的視点から

 まずは、Whenについてですが、ここでは独り言発生時間を調べてみます。人によって、また日によって、独り言が訪れる時間帯が変わってきます。時間帯ごとの頻度をチェックし、また、曜日によっても違いがあるか確認してみます。何時ごろから独り言が始まったとおおよそ覚えているのならばその時間を書いて、そうでないなら早朝、午前、昼ごろ、午後、晩、深夜とおおまかな時間帯をチェックしておきます。また、一週間のうちで何曜日に独り言が発生しているのかも確認します。人から独り言の発生時間を聞かれることはないと思いますが、もし聞かれたら、すぐに午後9時以降、特に土曜日が多いですね、などと瞬時に答えられるようにしておきます。

 さらに独り言発生時の天気や季節も見ておきます。無意識的な独り言がどういうふうに起こっているのかを探るためには、晴れの日と雨の日、夏と冬というような環境の変化でどういうふうに独り言の頻度が変わるのかも見る必要があります。体の調子なども天気や季節の影響を受けるわけですから、独り言だけ例外ということはないはずです。また、月の満ち欠けと独り言発生の関係を自分なりに調べてみるのも興味深いだろうと思います。新月から徐々に月が満ちて満月になる間と、満月からゆっくりと欠けて新月になる間とでは、独り言の発生に何か違いがあるでしょうか。なかなか面白いテーマです。

 また、どのぐらいの時間を独り言に費やしているかも計ってみます。一日24時間で自分はどれだけの時間を独り言に使っているかを把握してみます。正確でなくてもおおよその消費時間を掴んでみます。一日24時間をいろいろな活動に割り当てて一日の生活を形作っていますが、その中で一体、自分は何時間、独り言に使っているのかを探ります。実際に確認してみると、想像とは全く異なる予想外の消費時間が出てくるかもしれません。

 一回の独り言の時間的な長さをチェックして、中央値も出しておきます。ひたすら長く続く独り言を言うときもありますが、だいたい自分が独り言をつぶやき出せばどのぐらいの時間、一人で話し続けているのかを知っておきます。また、午前、午後、夜などの時間帯によって一回の独り言の長さが違うのかも確認してみます。午前、午後、夜ごとの一回の独り言の長さの中央値を調べるのも面白いです。午前中が回数も多く、一回の時間も長いというような自分の独り言データを集められるはずです。

 その一回の独り言の長さを見る時に、どのように独り言が始まり、どのように終わるのかにも注意を向けておきます。どういう形で独り言が開始されるのか。また、どういうふうに終了するのか。独り言は始まりも終わりもあいまいなものではありますが、出来る限り取り出してみます。独り言の内容に関しては、Whatの作業で見ていくことになりますが、ここWhenでも独り言の始まりと終わりという独り言開始時と終了時に目を向けておきます。

 一日24時間ずっと独り言をつぶやいていることはないはずですので、必ずどこかの時点で独り言が始動し、いつか終わっています。その始点と終点の謎を探ってみます。独り言という行為自体が不思議な活動ですので、その謎解きゲームを自分なりに行なっている気持ちで作業に取り組むと楽しさが増してきます。答えが予め誰かによって用意されてしまっている謎解きは興ざめですが、自分の独り言という謎は未知で不可解なことで溢れています。一人で調べていくうちに自分でも驚くような思いもよらない出来事や情報に触れる瞬間が訪れます。それも独り言の独自研究の喜びだと考えています。

 このWhenに関してまとめてみると、自分の独り言の一日の消費時間、回数、時間帯、曜日、一回の長さ、開始と終了の形式を日々、確認していくことになります。それに加えて、天気、季節、月の満ち欠けなどとの関係も見てみます。

 Where、゛どこ゛という場所的視点から

 そして、次のWhereでは、独り言がどこで発生しているか場所を特定してみます。多くの場合、部屋の中で一人で独り言をつぶやいていると思います。だから、先ずは、自分の部屋を独り言多発現場として確認していきます。部屋の中で独り言を言うとしても、毎回同じ場所であるとはかぎりません。ある時は、椅子の上、またある時は、ベッドの中、または、テレビやパソコンの前、もしくは、立ったまま、というように独り言を発する場が変化しているはずです。それを見ていきます。そして、部屋の中のどこで独り言が発生しているか頻度と傾向を確認しておきます。よく独り言をつぶやく場もそうですが、全く部屋の中で独り言を言っていない場所もチェックします。要は、部屋の中での独り言発生ランキングをつけるということです。

 独り言を言いながら、独り言発生現場が変わっていくこともあります。椅子に座っている状態で独り言が始まり、だんだんとその一人喋りに興奮してしまい、立ち上がって部屋の中をぐるぐると歩き回りながら話し続け、そして、ついに疲れて布団の上に倒れて終わるというようなこともあります。その独り言の導線を追ってみます。そのような激しい場所移動がなくても、例えば始終、椅子に座っていたとしても、胡坐をかきながらなのか、足を組みながらなのか、貧乏ゆすりしながらなのか、というように体勢にも注意を向けます。

 時間もそうですが、場所が与える影響も見逃せません。全く同じ部屋であっても家具やベッドや照明の位置、そして、整理整頓のされ方などによってその場は違う姿を見せて、独り言を左右する要因の一つになりえます。だから、独り言発生現場の確認をさらに細かく行なっていきます。机の前に座っている時に独り言が発生したら、机の位置、机上ライトの光りの向き、机上の物の散らばり方なども確認してみます。

ある独り言が立ち起こったら、その場にあるものが主体的にその独り言を発生させたという感じで物的証拠を吟味してみます。その場所こそがその独り言を引き寄せたかのように検証していきます。場の特徴や特色を観察します。また、よく独り言が起こる場と全く独り言が発生しないところでは、場所としてどのような違いがあるかも調べてみて、どうしてそこで多くの独り言が発せられ、別のところでは全く発せられないのか理由を考えてみます。例えば、方角が影響しているのかもしれません。部屋の中の東西南北のどの位置で自分は独り言をつぶやいているのかを調べることが、場の調査に役立つ可能性もあります。

 メインの独り言発生現場である自分の部屋の場所的観察ができたら、次はその他のところでも独り言が発生していないか見てみます。お風呂場や洗面所、または、居間や台所などでも独り言を言っていないか確認してみます。引きこもっている部屋の中で独り言が頻繁に発生していると思いますが、もしかしたら人によっては洗面所や台所でより多くの独り言をつぶやいているかもしれません。

 家の外でも独り言が起こるがどうかもチェックしてみます。外出すること自体が少ないかもしれませんが、その数少ない機会だからこそ、むしろ逆に独り言は増える可能性があるはずです。不安や悩みや心配が独り言発生の要因の一つであるならば、家の外に出るだけでも感じるストレスが独り言を引き寄せているかもしれません。

 ここWhereでは、独り言が発する場に焦点を当てて、いろいろと独り言発生現場を確認していきます。スポーツの試合でもホームとアウェーという場所が変わるだけでプレーも変化してしまうわけですから、場の力が独り言に影響を与えないと考えるほうが難しいと思います。場所は、確実に、しかも強力に、独り言発生に関与しています。この場の力をないがしろにしてしまうと、自分の独り言発生の謎を解くヒントを一つ見逃してしまうことになってしまいます。ですから、内容ばかりに注意を向けずに、一体、どういう場所で自分は独り言を言っているのか辺りを見渡してみます。

 Who、゛誰に゛という対象的視点から 

 Whoに関してはまた後でもう一度見てみますが、一体、自分は誰に向けて独り言を発しているのかを認識してみます。一人で話しているわけですが、その言葉は誰か、または何か、対象者や対象物に向けられています。自分自身に話しかけているのか、実在の他者を思い浮かべて話しているのか、または、架空の誰かか、それとも社会や世間に向けて語っているのか、というように対象を自覚してみます。無意識的な独り言は、対象があいまいなこともありますが、それでもそこに意識を向けてWhoを取り出す作業をしてみます。ここでも、どの対象に向けて一人でよく話しかけているか、という対象ごとの回数をチェックしておきます。誰に、または、何に、独り言を発していることが多いかという傾向を掴んでおきます。

 また、予め自分が独り言を発しているであろうと想定できる対象者や物の中で、誰、または、何に対して実際は全く独り言を発していないかも同時にチェックしておきます。両親に対して独り言を発しているつもりでいたのに、よく観察してみると実際は母親だけで、父親はどこにもいないというようなことがあるかもしれません。

 そのように細かく取り出してきた対象者や物をイラスト化や図解すれば視覚的によりクリアになると思います。Whoを取り出すためには、対象者や対象物の状況を具体的にイメージしてみることが重要になってきます。ある一つの独り言の中で、相手はどのような状態で、どんな格好をしていて、どんな表情で、どのようにこちらの話しを聞いているでしょうか。とにかく、相手の様子をじっくりと観察してみます。

 また、相手はこちらの話しをただ聞いているだけでしょうか。それとも、会話のように向こうもこちらの発言に受け答えしているでしょうか。一方通行の独り言になっているのか、それとも双方向の独り言になっているのか確認してみます。もちろん、双方向の場合は、相手の発言もできる限りノートなどに書き残しておきます。

 対象が自分である場合は自分で自分に独り言を発していることになりますが、この時、もう一人の自分というものを想定しているでしょうか。そうであるならば、そのもう一人の自分の状態も掴んでみます。そのもう一人の自分は、独り言の発話者である自分とまったく同じでしょうか。それとも、過去の、あるいは、未来の、または理想の自分でしょうか。

 対象者や対象物のバリエーションが現れ出てきます。例えば、親を対象者として独り言を発している場合、その親は、過去、現在、未来、空想の中のどの親でしょうか。どの親像も自分で作り上げたものですから架空のものではありますが、自分としてはどの次元の親に向けて言葉を一人で投げかけているかを考えてみます。また、そうなると、独り言を発している当事者である自分もどの次元の自分であるのかも探ってみます。過去の親に現在の自分として独り言を言っているのか、それとも現在の親に過去の自分が話しかけているのか、というようなことを掴んでみます。

 誰に向けて独り言を発しているのかを考えていくと、いくつもの層が現れ出てきそうですが、ここでは対象が全く存在しない独り言は無いという前提のもとに進んでいきます。どんなに誰に向けて語っているのか分からないあいまいな独り言でも、じっくりと観察すれば対象者や対象物がいずれは浮かび上がってくると考えます。ここでは、あくまでも独り言を人と話す行為の一形態と見なしていますので、もし仮にどんなに頑張っても対象者が全く探し出せないような独り言があったとしても、その時はそれは自分に向けてのものだとしてしまいます。

 会話や対話を行う場合、対象者が不可欠ですから、独り言をそのレベルに持っていくためには独り言であっても何らかの対象が必要だと考えています。たとえ、それが自分に向けてであっても、対象を独り言の中から必ず取り出してみます。

 独り言の発話者は、過去や現在や未来などの次元の違いはあるかもしれませんが、常に自分だと想定しています。でも、もしかしたら自分ではない別の誰かや物が独り言の発言者だという可能性もあるかもしれません。だから、独り言を発する主体がひょっとして自分ではないかもしれないという疑いがあるならば、一体、誰が話しているのだろうか、と本当の発話者を探ってみます。お前は誰だ、という普段でもドキッとするタイプの問いを独り言の対象者探しでも行なってきますから、とても刺激的でワクワクする作業になっていくと思います。

 What、゛何を゛というコンテンツ的視点から 

 ここWhatでは、具体的な独り言の内容をチェックする作業をしてみます。一体、何を一人でぶつぶつとつぶやいているのでしょうか。毎日、飽きもせずにどんな独り言をひたすら生み出し続けているのでしょうか。果たしてそんなに一人で話さないといけないことがあるのでしょうか。しかも、独り言は半ば無意識的に訪れてきますから、そうなるとその内容も自分がすべて意識的に考えたものだとは言えません。本当に何を一人で話しているのでしょうか。とても気になります。

 その不思議な一人語りを採取して自分なりに独り言のコンテンツ分析を試みてみます。すべてを記憶しておくことは不可能ですから、ノートなどに独り言の内容を書き残してみます。その際に、正直に素直に書くことを心掛けてみます。誰かに見せるわけでもありませんから、たとえ自分で書いていて恥ずかしくなるようなものであっても正直にそのまま書いてみます。

 このことが、結構ポイントではないかと思っています。変に体裁などを気にして書いてしまうと、独り言を話す行為として利用するという本来の目的から外れた方向に進んでしまいかねません。インプットであるデータ収集の段階に改ざんがあると、当たり前のことですが、虚偽情報をもとにしたアウトプットも嘘で塗り固めた役に立たないものになってしまいます。それでは何の意味もないですから、正直に素直に書き記していきます。自分以外に誰も見ないのですから心配ありません。あくまでも自分のためだけに独り言のコンテンツ分析をするのです。

 独り言を正直に素直に書き出してみて、一回の独り言を流れとして、一つのストーリーのように掴んでみます。そこに起承転結のような構造があるのか探ってみます。そのような視点で見てみると、一回の独り言の中で複数の話題が現れ出てくることもあるだろうし、また同じことを何度も繰り返しつぶやいていることもあるだろうと思います。

 まずは、頻繁に出てくるテーマを探ってみます。一回の独り言の中で頻繁に現れ出てきたり、または独り言を発するたびに出てきたりするメインテーマのようなものがあるはずです。その自分の独り言の主題を探ります。いくつか見つかると思います。過去のある後悔や恨み、現在のある悩み、将来のある不安などが、独り言の形で現れ出てきているかもしれません。一体、自分は何についてよく一人で話しているのか自覚できるようにしておきます。独り言の話題の傾向を知っておきます。

 そして、一回の独り言で複数のテーマについてつぶやいている場合、どういうタイミングで話題が変わっていくのかも確認してみると興味深いです。何がきっかけで話しが変わるのかという転換点を見つけ出してみます。話題を中心に据えて独り言の流れを追ってみます。

 ここまで独り言を一つの物語の筋のように分析しようと試みていますが、このような内容チェックにとって独り言をノートなどに書き出していくよりも携帯電話などで音声録音したほうが面白いのではないかとも思えます。さすがに次から次へと溢れ出てくる独り言をいちいち書き出していくのにも限界があります。ですから、独り言が始まり出したところで携帯の音声録音ボタンを押して、そのまま独り言を話し続けてみます。おそらく初めのうちは録音していることを意識しすぎて独り言がぎこちないものになるかもしれませんが、誰かに聞かせるわけでもないですし、何度か試すうちに慣れてくるはずです。

 そのライブ音声を聞きながら、自分の独り言の構造を分析してみます。まず、どんな話題から始まって、そこにどういう流れが生まれて、どこでテーマが変化して、どう終わっているのか。ストーリーとして見た場合、過去、現在、未来のどこを目指しているのか。全体として過去指向なのか、それとも現在指向なのか、または、未来指向なのか。そのようなものを分析確認してみます。

 特に結論の部分に注意を向けてみます。結局のところ、この独り言で自分は何を言いたかったのか、というところを取り出してみます。この独り言で辿り着いた最終的な決定は何なのかを見てみます。数多の独り言から生み出された数々の結論の中には、自分の動かしがたい価値や信念のようなものが根底に流れているかもしれません。場当たり的でない、自分の価値観と呼べるようなものが共通して流れている可能性があります。それも取り出してみます。

 さらに、録音をして自分の声を聞いていますので、自分の声のトーンや声質、話しの間の開け方といった話し言葉としての側面もチェックできます。これはとても興味深いことです。自分がどういう声でどんな感じて話しているのかをしっかりと掴むのは難しいですが、独り言を録音してそれを聞くことで、ある程度は感覚として分かってくると思います。しかも、独り言に夢中になり過ぎて、録音していることを完全に忘れて感情露わになった自分の声を確認できるかもしれません。感情剥き出しの自分の声を客観的に聞く機会もそうそうないですから、音声録音には独り言の内容確認以上の楽しみが潜んでいると思います。

 Why、゛どうして゛という動機的視点から 

 では、次はWhyについて、どうして自分は独り言をつぶやいてしまうのかという原因を探ってみます。人と話す場合、そこに他者がいるから話す行為が発生するとすると、独り言は、そこに自分が存在している、そのこと自体から生まれるとも思えます。程度の差こそあれ全く独り言を発しない人はいないでしょうから、生理現象のようなもので、どうして自分は独り言を発するのだろうと問うのはあまり甲斐ないことかもしれません。

 それでも、どうして自分はこんなにたくさん独り言を発してしまうのだろうと独り言の頻度を自問してみるのは良いと思います。引きこもりライフを送っていて、極端に他者と話す回数が不足しているために、その代償行為のように独り言が助け舟としてこんなに何回も訪れてくれていると思っていますが、それ以外の別の理由もあるはずです。

 また、どうして自分はこんなことを一人でつぶやくのかという独り言の内容に関する発生要因も調べてみたら良さそうです。この独り言のコンテンツはどこからやってきたのか、と由来を考えてみます。何がその独り言を自分に言わせたのか、と自分なりに理由をあれこれと調査してみます。

 ほぼ無意識的に発生してしまう独り言の理由を意識的に探るというのは不思議な感じがしますが、その独り言がその形と内容で自分の心の中で、または口から発せられるのにはきっと何らかの原因があるはずです。何か引き金があって、そんなことを一人でつぶやいている可能性があります。どんな刺激を受けたからその独り言が生まれたのかを探ってみます。その時に、直接的原因と間接的原因の二つを見てみます。

 まずは、独り言発生前の状況に焦点を当ててみます。一人でつぶやき出す前に行なっていた行為や活動が、その後の独り言の内容に影響を与えていないかどうか見てみます。引きこもりライフを送っていると外部からの刺激も減りがちで、ほんのちょっとした外からの刺激が独り言の内容に関与してしまう可能性は大です。それを掴んでみます。これが直接的原因探しです。

 次は、間接的原因として、自分の独り言の内容をじっくりと観察しながら、どうして自分はこんなことを一人でつぶやいているのだろうと、過去の記憶などを探ってみます。簡単に原因が判明することがあるかもしれませんし、どんなに考えても理由が分からないこともあるだろうと思います。半ば無意識的につぶやいてしまっている独り言ですから、はっきりとした由来を掴むのは難しいです。でも、幾つも幾つも自分の独り言を採集して動機を探っていけば、そこに何らかの間接的原因が浮かんでくるだろうと思います。

 また、何度も何度も繰り返し同じ内容の独り言が現れ出てくるなら、どうしてその独り言がそれほどしばしば発生しているのかという理由を探ってみます。異なる内容の独り言も興味深いですが、同じことばかり言い続ける独り言を調査するのも面白いです。そして、もし独り言が全く発生しない日があるならば、どうしてその日は全然一人でつぶやかなかったかと考えてみます。

 ただ、なぜという動機を探る作業を続けていると、いつも同じ立ち位置から理由や原因を考えてしまいがちです。ある一定の視点から自分の独り言の原因を強引に決めつけてしまうかもしれません。そうなると、自分で見つけ出して真実だと信じる、実際はかなり偏った原因に縛られてしまう可能性もあります。さらに、その原因を特定の人物と結ぶつけてしまって、すべてその人のせいだと逆恨みしてしまう危険性もあります。

 だから、立ち位置や視点を変えて、独り言の理由や原因を探ることがとても重要になってきます。誰かや、または過去のある出来事に自分の独り言の原因を求めて終りということでは決してありません。自分ではなくて別の人ならこの独り言の理由をどこに求めるだろうかと立場を変えながら考えてみるようにします。この点は、しっかりと気をつけます。

 How、゛どのように゛という形式的視点から 

 次のHowでは、どのように独り言をつぶやいているか、内容ではなくて形式に注目してみます。どんな姿勢で、どんなジェスチャーをしながら自分は独り言を発しているのか観察してみます。ずっと一か所に立ったままなのか、部屋の中をぐるぐると歩き回っているのか、または、椅子に座っているのか、畳の上で横になっているのか、布団の中で寝転んでいるのか、どういう体勢で独り言を発しているのか確認してみます。無意識的に独り言は訪れてきて、それを受けるこちらの姿勢も無自覚なことが多いだろうと思います。そこに意識を当ててみます。

 ジェスチャーを細かく見てみます。手を振りかざしているのか、指でしきりに机を叩いているのか、足で貧乏ゆすりをしているのか、などと独り言を言いながらの自分の動作に注意を向けます。その時に視線もチェックしておきます。どこを向いて、何を見ながら、自分は独り言を言っているのか確認します。俯いているのか、見上げているのか、あるいは、テレビやパソコンの画面を見つめているのか。その時に、テレビやパソコンではどんな映像が流れているのか。さらに、何か食べながら、もしくは何か飲みながら、独り言を発していないかも確認してみます。また、感情的側面についても考えてみます。顔をしかめて激高しているのか、涙を流して泣いているのか、それとも笑っているのか。独り言中に外に現れ出てくる動作や表情を掴んでみます。

 となると、より立体的に独り言を発する自分の像を知るために携帯電話で実際に独り言をつぶやいている自分の姿を撮影してみるのが良いと思います。映像として自分の姿を見てみると、頭の中で思い描いている独り言をつぶやく自分と実物はずいぶんと違うと感じるかもしれませんし、独り言を発する時の自分の癖にもより多く気づけるかもしれません。やはり、自分で思っている自己像は歪んでしまっている部分があるはずですし、映像として自分で自分の姿を確認してみるのは有意義な行為だと思います。こんなにも容易に自分の姿を映像に残せる時代になったのですから、試してみない手はないです。

 音声も映像も携帯電話一つあれば録音、撮影できて、どこでもいつでも直ぐに確認したいときに確認できるのですから、独り言中の自己像を掴むためにも大いに携帯のその機能を利用すべきです。以前では考えられない物凄いツールが手のうちにあるのですから、独り言のためにこれで何かできないかと常に考えてみると面白いです。

 携帯で独り言を言う自分の姿を撮影したり、音声を録音したりする時、独り言が終わった後もしばらくはそのままストップしないで撮り続けてみるのも楽しいです。自分で終わったとある時点で決めて撮影や録音を中断しますが、もしかしたらその後に面白い展開が待っているかもしれません。せっかくですから、その余白の部分も楽しんでみます。

 また、独り言が始まる前と後とでは、どんな姿勢やジェスチャーや表情の変化があるのかもチェックしてみます。独り言の最中に、あるジェスチャーをしているとして、その動作は独り言中にだけ見られるものなのか、それとも独り言タイム以外でも現れる癖なのか確認してみます。独り言時だけに出現する特異な体勢や動きや口調というものをもし発見できれば、それだけで嬉しくなってきます。

 何を話しているかという内容だけでなく形式も重要だと思いますので、このHowで出来る限り独り言の最中に外に現れる特徴を知ろうとしてみます。独り言の内容を変えるのは難しくても、その時の体勢や動作なら変化させやすいかもしれません。独り言を話す行為として利用するためにも先ずは今の自分の独り言発生時の外的状態を掴んでみます。

 5W1H6点をまとめた総合的視点から 

 そして、これら5W1H6点を個別に確認してから、それらを組み合わせた視点から自分の独り言を分析してみます。独り言の発生時間(When)、場所(Where)、対象(Who)、内容(What)、原因(Why)、状況(How)を掛け合わせながら、自分の独り言のパターンを取り出してみます。組み合わせによって、どのような独り言の傾向が浮かび上がってくるか見てみます。

 まず、時間(When)を起点として、時間によって場所、対象、内容、原因、状況がどう変化しているか探ってみます。午前という時間帯で、独り言発生の場所的傾向がないか、語りかける対象に何かパターンがないか、内容にある一定の方向性がないか、午前中という時間自体がある種の独り言の出現原因にはなっていないか、一日の始まりという朝が独り言中の動作に何か影響を与えていないか、と一つずつ確認してみます。そして、次は、時間×場所×対象、時間×場所×内容、その次は、時間×場所×対象×内容、時間×場所×対象×原因というように順々に見ていきます。

 もし仮にこの作業を行いながら、自分の独り言に関する何らかのパターンや傾向を全く見出せないようならば、それはデータ不足によるものだと思います。その場合は、更なる情報収集に努めてから、再度トライしてみます。どんなに無意識的に発している独り言であっても、ある程度のデータが集まればそこにある種のパターンを見つけ出せるはずです。

 このミックスした視点での観察時に、イラストや図や表を導入すると視覚的にも分かり易く、また作業に楽しみが増すだろうと思います。また、各要素の特徴を3つほど書き出したものをカードにして、カードゲームのようにテーブルの上に並べて組み合わせを色々と実際に手で動かしてみるのも面白いです。図や表などをノートに書き記すだけでは見えなかった意外な発見があるかもしれません。

 この5W1H6点を擬人化してみるのも手です。各視点をキャラクター化し、Whenさんの視点からだと、こう見える、Whereくん側からだと、こうなる、また、WhenさんとWhereくんを掛け合させたダブルWheコンビからだと、こう感じる、などと見立てて自分の独り言に挑んでみます。

 この6点がどういうふうに組み合わされることで、どういうふうな独り言が発生しているのか自分なりに把握してみます。もしそれが分かれば、組み合わせを微調整するだけで自分の独り言に介入できるようになれるかもしれません。

 ですから、自分の独り言を探る方法にも注意を向けてみます。どんなやり方で自分の独り言を観察するのが良いだろうかと色々と試してみます。一度、分析して終わりというものではありませんので、毎回、新たな方法でトライするというような気持ちで方法論も探っていきます。

 その時にあまり辛くて大変なやり方は採用しません。一回、たとえ完璧に分析できたとしても、それで終わりで後が続かないのなら意味がありません。それならば、完璧でなくても曲がりなりにもどうにか分析調査を続けていくほうがよいです。そのほうが成果も大きいです。

 日々、何が良いやり方はないかと考えて、様々な方法をストックしておきます。ストックが多いと、早く別の方法を試したくなるという楽しみも待っています。また、いつも全く同じやり方で続けていると、惰性でただやり続けているだけという状態に嵌まりかねません。そうならないためにも、毎月、方法を変えると事前に決めておいて、月が変わるごとに別のやり方でトライしてみるのも良いだろうと考えています。新鮮な気持ちで自分の独り言のデータ収集と分析ができます。

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  1-2. 独り言という謎解きゲーム   五感から独り言をチェック 色彩から   それでは、今度は独り言の発生を五感から意識してみます。普段、現実を五感によって捉えていますが、それと同じように独り言を五感から見てみます。色、匂い、音、味、感触から独り言を調べてみます。  まず、視覚ですが、目に見えるものの色をチェックしてみます。すべてのものは何らかの色を有していますので、自分の周りにある家具や箪笥、壁や窓、机や椅子やベッド、コップや皿などの色を一つずつ目に入れていきます。できるならば、間取り図のようなものを描いて色鉛筆などでどんな色がどんな具合にどこに広がっているかを描き込んでみると、より一層分かり易いです。それが、普段の色の見え方になります。独り言が発生していない平常時のカラーです。また、着ている服の色も同時に確認しておきます。  そして、独り言が発生した時にこの色彩が変わるかどうか確認してみます。自分の周りに広がるいつもの色が独り言を始めることで劇的に変化するということはないと思いますが、独り言最中に特に目に付く色というのはあるかもしれません。何色が際立って見えるか確認してみます。どんな色に目が惹きつけられるか見てみます。  さらに周囲に実際に存在するものの色だけでなくて、独り言を発している時にどんな色が頭の中で見えているかも探ってみます。今の独り言を色で表すと何色になるか考えてみます。独り言の内容などは全く気にせずに、色としての側面だけに意識を向けます。そうすると、何かしらのカラーが見えてくるだろうと思います。  もちろん、独り言が止んだ後の色の見え方も感じてみます。部屋の中を見渡してみて、独り言の前と後とで何か色彩に変化がないか眺めてみます。一人でつぶやく行為を通過することで以前と違ったカラーで見えてくるものがないか探ってみます。ひょっとすると、前は気づかなかった色が目に留まるかもしれません。また、着ている服の色も再度、確認してみます。  とにかく、すべてを色として感じてみます。色で独り言のすべてを表現してみます。そうなると、色として自分の独り言を捉えるために絵を描くのも一つの手だと思います。自分の独り言はどんな色彩に溢れているのか絵の具を使って描いてみます。独り言を色として絵に落とし込む作業は興味深いですし、楽しいです。

独り言の効用 3-1

  3-1. 独り言劇場へ    独り言上級者に聞く  独り言内対話における登場キャラクターも作り出して、一人で部屋の中で独り言劇場を開くだけになりましたが、その前に今一度、自分の独り言スキルを考えてみます。独り言を普段から発していますが、それはスキルとして身についているでしょうか。上手に活用できているでしょうか。独り言も一つの技、テクニックとして自分のものにしているでしょうか。  壮大な独り言劇場を繰り広げていくためには、その元となる独り言をスキルとして磨いていく必要があります。技として訓練を重ねることで独り言劇場もより生き生きとしてきます。独り言も一つのテクニックと考えると、すでにその技術を体得している上級者がいるはずです。先ずは、そのどこかにいるはずの自分を上回る独り言使いを探してみます。そして、見つかれば教えを請い、自分の独り言テクニックをレベルアップしていきます。  しかし、独り言は基本的に一人で密かにつぶやくものですから、外からはどのように他の人たちが独り言に接しているのか、どのような技を使っているのか、というのは見えにくいものです。ですから、常日頃から周りを観察して自分より優れた独り言使いと思われる人物に思い切ってどういうふうに独り言に接しているのか訊ねてみることになります。そうすることで自分では考えも思いもしなかった独り言テクニックを伝授してもらえるかもしれません。   どうしても自分と同じように他の人も独り言に接しているのだろうと想像してしまいがちですが、実際は大きく違う可能性があります。 また、隠されているからこそ、どういうふうに人が独り言と接しているのか知りたくもあります。一体、他の人はどんな独り言を日々、つぶやいて、どんなテクニックを持ちあわせているのでしょうか。それを探るのは、それ自体で興味深いことだと思います。独り言収集家になってみるというのも面白いかもしれません。  ただ、どうしても人に独り言テクニックを訊ねるのは気が引けるかもしれませんし、そんなことを聞ける相手が周りにいないということもあると思います。そうなると、人目も気にせずオープンに独り言を盛大につぶやいている人を見つけ出して観察するのが良さそうです。そういう人物はいないかと探してみると、一人遊びをしている幼児がまさにその存在ではないかと思えます。一人

引きこもり当事者カラッと研究術 3 パート1

3-1 .引きこもり当事者カラッと研究小説 パート 1 穏やかに落ち着いた心持ちになって、さて何をするか、ということですが、ネガティブな感情や記憶を封じ込めるために自分の過去に関する物語を書くのが良いのではないかと思います。日々、悩み苦しむだけの死に時間は、自分自身についての資料作りの時間に変えていっていますが、その溜まっていく資料には当然、膨大な自分に関する情報が書き込まれています。自分の心の癖や習慣や傾向だけでなく、どんなことで落ち込んで暗く沈んだ気持ちになるかなども具体的な出来事とともに大量に書き記されていると思います。 この資料は、自分自身の言動のパターンや感情の動きを掴むために日々、読み込んで利用することを目指していますが、せっかくこれほど多くの自己情報が集まってきていますので、それをもとに自分自身に関する過去の物語を一つ書いてみれば良いだろうと考えています。手元にある資料には、引きこもる要因になった過去の苦い記憶、現在の生活の苛立ちや焦り、未来の不安などが書き記されていると思います。そこの過去の部分を取り出して物語として封じ込める、けりをつける作業に心穏やかに挑んでみてはどうかと考えています。 部屋に引きこもる生活を続けていると、どうしても辛い過去の記憶や苦い昔の思い出が頭に浮かんできて苦しめられることがあると思います。それを資料作りとして書き出して、漠然としたものではなくて具体的な出来事として捉えようとしていますが、それでもしばしば過去に悩まされます。この過去という古傷に過剰に痛めつけられないために、資料として書き出している過去の個別の出来事を一つにまとめて物語に仕立て上げれば良いのではないかと考えています。過去をまるまる一つの物語の中に放り込んでしまえば良いのではないかと思っています。 資料作りの段階で、思い出したくもないのに頻繁にどうしても思い出してしまう嫌な過去を具体的に掴んでいく作業を行っていますので、そうやって得た散々な過去のそれぞれの記憶のパーツを組み合わせるようにして一つの物語にしていくということです。惨めな思いを今でも引き起こす過去に関する一つの大きな物語が出来上がれば、その中にもう見たくない過去は存在することになり、ある種、昔の痛ましい出来事との区切りや決別ができるのではないかと感じています。過去保管ボックスの